第1章:理不尽な世界に囚われて
5. 偶然ではない出会い
日曜日の朝、私はぼんやりとコーヒーを飲んでいた。
カップの中に映る自分の顔が、なんだか疲れて見える。
昨日の占いはうまくいったし、少しは気が紛れたけれど、結菜のことを考えると、やっぱり気持ちは晴れない。
結菜はどうしてるだろう。ご飯はちゃんと食べてるかな。
夜は寂しくないかな。
そんなことを考えていたら、スマホの画面が光った。
「今日、会えませんか?」
送り主は、久しぶりの名前だった。
「……佐伯さん?」
佐伯さんは、昔、占いのイベントで知り合った人だ。
私の占いを受けたあと、「面白かったです!」と妙に気に入ってくれて、それから何度かお客さんとして来てくれていた。
スピリチュアルな話が好きな人で、いつも興味深い話をしてくれる。
でも、ここ半年くらい連絡はなかった。
それが、なぜ今日突然?
私は「いいですよ」と返信し、近所のカフェで待ち合わせをすることになった。
—
昼過ぎ、カフェに着くと、佐伯さんはすでに席に座っていた。
相変わらず落ち着いた雰囲気で、柔らかく微笑んでいる。
「お久しぶりです」
「久しぶりですね。急にすみません」
「いえいえ、びっくりしましたけど」
私はコーヒーを注文し、佐伯さんをじっと見た。
「それで、今日はどうされたんですか?」
すると、佐伯さんは静かにこう言った。
「……あなた、大変なことになってますね」
私は驚いた。
「えっ、なんでわかるんですか?」
佐伯さんは笑った。
「なんとなく、そんな気がしたんです」
私は思わずため息をついた。
「実は、娘が児童相談所に連れて行かれてしまって……」
佐伯さんは黙ってうなずきながら、私の話を聞いてくれた。
理不尽な状況、結菜に会えないこと、どうすればいいのかわからないこと。
ひとしきり話し終えると、佐伯さんはコーヒーを一口飲んでから、こう言った。
「やっぱり、あなたにはタフティメソッドが必要ですね」
私は思わず身を乗り出した。
「タフティメソッド! それ、私も最近調べたんです!」
佐伯さんは少し驚いたような顔をした。
「おや、もうそこまでたどり着いていましたか」
「なんか、不思議な感じがして……夢でも似たようなことを言われたんです」
私は、夢の中で「この世界はスクリーンだ」と言われたことを話した。
すると、佐伯さんはにっこり笑って言った。
「それはもう、導かれてますね」
私は「導かれてる」と言われても、正直ピンとこなかった。
でも、佐伯さんの話を聞くうちに、私は少しずつ考えが変わってきた。
「タフティメソッドは、ただのスピリチュアルな話じゃないんですよ」
「へぇ……」
「意識をスクリーンの外に置くことで、現実が変わっていく。あなたは今、理不尽な状況にいますよね?」
「はい」
「でも、その世界を見ているのは、誰ですか?」
「……私?」
「そう。あなたは観客でもあり、スクリーンの向こう側にいる存在でもあるんです」
私は、わかったような、わからないような顔をした。
「つまり……私は今の状況を変えられるってことですか?」
佐伯さんは静かにうなずいた。
「そうです。ただし、意識の使い方を変えないといけません」
私は興味津々になってきた。
「どうすればいいんですか?」
「まずは、スクリーンの意識を持つこと。そして、現実を”眺める”のではなく、”選ぶ”ことです」
私はじっと佐伯さんを見つめた。
「私、結菜を取り戻せますか?」
佐伯さんは微笑んだ。
「あなたがそう決めれば、そうなります」
その言葉に、私はなぜか鳥肌が立った。
これは、ただの偶然の出会いじゃない。
私は今、何か大きな流れの中にいるのかもしれない。
「……試してみます」
佐伯さんは、満足そうにうなずいた。
「きっと、大丈夫ですよ」
その言葉が、今の私には、何よりも心強かった。