第1章:理不尽な世界に囚われて
4. 占い師の週末 〜私にできること〜
土曜日の朝、私はぼんやりと天井を見つめていた。
結菜がいない生活にも、少しずつ慣れてきてしまった自分がいた。
慣れるというより、心のどこかで「仕方がない」と諦めることにしたのかもしれない。
でも、それじゃダメだ。私は結菜を取り戻す。
……とはいえ、今すぐ何かが変わるわけでもない。
児童相談所の「様子を見ましょう」攻撃にじわじわと体力を削られながら、私は考えた。
「今の私にできることはなんだろう?」
そこで思い出したのが、占いだった。
私は週末の占い師だ。
会社員として働きながら、土日は自宅の一角を使ってタロット占いをしている。
友人や知人の口コミで少しずつ広がり、今ではネット予約も受け付けている。
仕事をしながらの副業だから、本格的に稼げているわけではないけれど、それでも「誰かの役に立っている」という実感がある。
そして今、一番占いが必要なのは……私自身だ。
私はタロットカードをシャッフルし、質問を投げかけた。
「私にできることは?」
一枚引いたカードをめくる。
「女教皇(ハイプリーステス)」
私はふぅん、と鼻を鳴らした。
女教皇は「直感」「冷静な判断」「学び」を意味するカード。
感情に振り回されず、落ち着いて道を選ぶべきタイミングだと言っている。
なるほどね。
結菜を取り戻すために焦るのではなく、まずは私の心を整えろってことか。
……って、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんだけどなぁ。
でも、せっかくの週末だし、今日はしっかり占いの仕事をしよう。
自分のことばかり考えていても仕方ない。
こういうときこそ、人と話をして、少しでも気持ちを整理するのがいい。
私は着替えて、タロットテーブルをセットした。
予約を入れていたお客さんがそろそろやってくる。
――ピンポーン。
インターホンが鳴った。
「はい、どうぞ〜」
玄関を開けると、少し緊張した顔の女性が立っていた。
30代くらいだろうか。パステルカラーのワンピースがよく似合っている。
「はじめまして、予約した吉田です」
「あ、どうぞどうぞ!」
私は彼女をリビングに案内し、椅子に座ってもらった。
「今日はどうされましたか?」
「実は、今の仕事を辞めようか悩んでいて……」
彼女は、今勤めている会社の人間関係に疲れているらしい。
でも、転職する勇気もなく、モヤモヤしたまま日々を過ごしているという。
「なるほど……では、今のあなたに必要なメッセージを見てみましょうか」
私はカードをシャッフルし、彼女に引いてもらった。
「運命の輪(Wheel of Fortune)」
私はそのカードを見て、にっこり笑った。
「これはですね、変化のときですよ」
「えっ」
「運命の流れが変わるタイミングに来ています。何かしらの変化が起こるはずですよ」
彼女は少し考え込み、そして小さくうなずいた。
「……実は、昨日突然、転職の話が舞い込んできたんです」
「ほらね、もう変化は始まってるんですよ」
私はそう言ってカードを指さした。
「でも、不安で……」
「それは当然です。でも、運命の輪は回り続けるもの。流れに乗った方がいいときもありますよ」
彼女はしばらく考えていたが、最後には「背中を押されました」と笑顔を見せた。
私は、なんとなくホッとした。
人の悩みに向き合うことは、結局、自分の悩みを整理することでもある。
私もまた、変化の渦の中にいる。
この状況がいつまで続くのかはわからないけれど、焦らず、今できることをやるしかない。
吉田さんを見送ったあと、私はスマホを開いた。
検索履歴には、昨日調べた「タフティメソッド」のページが残っている。
「……スクリーンの意識か」
私は、その記事を読み直した。
「現実はスクリーンである。あなたの意識が、すべてを創っている」
そんなこと、にわかには信じられない。
でも、もしそれが本当なら……
私が意識を変えれば、結菜を取り戻す未来も変わるのか?
なんだか、占いの仕事をしているときと似ている。
カードを引くとき、未来は決まっていない。
でも、どのカードを引くかは、自分の意識次第だ。
もし、この世界もそんな仕組みなら――
私は、試してみる価値はあるな、と思った。
タロットで未来を占うように、私は自分の現実を占ってみることにした。
変化は、すでに始まっているのかもしれない。