第6章:新しい現実へ
27. 過去を癒し、未来を創る
朝、目が覚めたとき、私は一瞬、夢を見ているのかと思った。
隣の部屋から、小さな物音が聞こえてくる。
「……あ」
私は、ようやく思い出した。
結菜が帰ってきたんだ。
昨日のことが夢じゃなくて、本当に現実だったんだ。
私は布団からそっと起き上がり、キッチンへ向かった。
すると、テーブルの上に牛乳と食パンが置かれていた。
「結菜?」
リビングの隅で、結菜がこっそりと私を見ていた。
「ママ、朝ごはん作ろうと思ったけど……パンしかなかった」
私は、その言葉を聞いて思わず笑ってしまった。
「ありがとう。でも、それだけで十分だよ」
私は結菜の頭をそっと撫でた。
結菜が、こんなふうに私のために何かしてくれる日が来るなんて。
「じゃあ、一緒に何か作ろうか?」
「うん!」
私は、冷蔵庫を開けて、卵を取り出した。
「よし、昨日のオムライスの残りの卵があるから、スクランブルエッグにしよう」
「卵を混ぜるの、私がやる!」
結菜が嬉しそうにボウルを手に取る。
その姿を見て、私は心の中で小さくつぶやいた。
「よかった、本当によかった……」
***
朝食を食べ終わると、結菜は部屋の片隅に置かれていた古いアルバムを見つけた。
「ママ、これ……」
結菜が指さしたのは、私がずっと大切にしまっていたアルバムだった。
そこには、結菜が赤ちゃんの頃からの写真がたくさん貼られている。
結菜は、そっとページをめくった。
「うわ、これ、私?」
「そう。生まれたばかりの結菜」
写真の中の結菜は、まだ小さくて、毛布に包まれて眠っていた。
私はその写真を見つめながら、あの頃のことを思い出した。
「結菜が生まれたとき、私は何があってもこの子を守ろうって思ったんだよ」
「……そっか」
結菜は、静かにページをめくっていく。
「これは?」
次のページには、幼稚園の頃の結菜が、私の手をぎゅっと握っている写真があった。
「ああ、それはね……」
私は、ふとその日のことを思い出した。
***
その日、私は仕事が忙しくて、結菜を迎えに行くのが少し遅れてしまった。
結菜は、園の門の前で、小さな手をぎゅっと握りしめながら待っていた。
「ごめんね、遅くなって」
そう言うと、結菜は何も言わずに私の手をぎゅっと握りしめた。
「結菜?」
「ママが来てくれてよかった」
結菜のその言葉に、私は涙が出そうになった。
「大丈夫、ママはいつも結菜のそばにいるから」
あのとき、私はそう言ったのに……。
それからしばらくして、私は仕事が忙しくなり、結菜のそばにいる時間が減ってしまった。
「……結菜、ごめんね」
私はアルバムを見ながら、思わずそうつぶやいた。
結菜は、私の顔をじっと見つめた。
「ママ?」
私は、結菜の手をそっと握った。
「ママね、結菜と離れて暮らしてた間、すごく後悔してたの。結菜のこと、もっと大切にしなきゃいけなかったって……」
結菜は、少しだけ考え込むようにしてから、静かに口を開いた。
「でも、今は一緒にいるよね」
「うん……」
「じゃあ、それでいいんじゃない?」
私は、その言葉に驚いた。
結菜は、もう過去のことを責めたりしない。
今、この瞬間を大切にしようとしている。
「ママ、もう泣かないで」
結菜は、小さな手で私の頬をそっと撫でた。
私は、ふっと笑った。
「ありがとう、結菜」
***
その日の午後、私は結菜と一緒に家の掃除をした。
「ここ、ちょっとホコリある!」
「おっ、さすが。じゃあ、結菜は雑巾がけ担当ね」
「あ、掃除機もやりたい!」
「欲張りだなぁ」
そんなやり取りをしながら、私たちは家の中を整えていった。
片付けが終わると、結菜がぽつりと言った。
「なんか、気持ちいいね」
「そうだね」
「私たち、新しい家族になったみたい」
私はその言葉を聞いて、じんわりと胸が熱くなった。
「そうだね、これからはまた一緒に暮らしていくんだもんね」
「うん!」
結菜は、満足そうにうなずいた。
過去の後悔はもう、手放していいんだ。
私たちは今、新しい未来を創っている。
私は、結菜の手をぎゅっと握りしめた。
「これからも、よろしくね」
「うん!」
結菜の笑顔が、眩しく見えた。
こうして、私たちは本当の意味で「新しい現実」へと踏み出したのだった。