第6章:新しい現実へ
26. 娘との再会
私は、ドキドキしていた。
結菜との再会の日。
これまで何度も面会はしてきたけれど、今日は違う。
今日は、結菜が本当に「家に帰る」日だ。
児童相談所へ向かう道中、私は緊張でいっぱいだった。
電車の窓に映る自分の顔を見て、「落ち着いて」と心の中で言い聞かせる。
でも、落ち着くなんて無理だった。
「結菜は、どんな顔をしてるかな」
「久しぶりの家に、ちゃんと馴染んでくれるかな」
心の中で、そんな不安がぐるぐると渦を巻いていた。
児童相談所に着くと、待合室には柔らかな日差しが差し込んでいた。
職員さんが「少しお待ちください」と言ったきり、時計の針が進むのが遅く感じる。
ふと、初めてここに来た日のことを思い出した。
あのときは、不安と絶望しかなかった。
「どうしてこんなことになったんだろう」と、そればかり考えていた。
でも今は違う。
今日は、もう悲しみの場ではない。
これは、私たちが「新しい未来」を始めるための日なのだ。
***
「お母さん、準備ができましたよ」
職員さんがそう言って、私に声をかけた。
私は大きく息を吸って、ドアの前に立つ。
そして、ゆっくりと扉を開けた。
そこには、結菜がいた。
結菜は、少し緊張した顔で立っていた。
でも、私と目が合うと、ほんの少しだけ、口元がほころんだ。
「……ママ」
「結菜」
私は、自然と歩み寄り、そっと結菜の手を握った。
「あったかい」
その瞬間、いろんな思いがこみ上げてきた。
会えなかった日々のこと。
寂しい思いをさせたこと。
結菜も、私も、たくさん涙を流したこと。
それでも、こうしてまた手をつなぐことができた。
「結菜、おかえり」
私は、ぎゅっと結菜の手を握った。
結菜は、ほんの少しだけ驚いたような顔をしたあと、ゆっくりとうなずいた。
「……うん、ただいま」
その言葉を聞いた瞬間、私は涙がこぼれそうになった。
でも、今日は泣かない。
これは「悲しい涙」じゃなくて、「嬉しい涙」だから。
***
帰り道、私たちは並んで歩いた。
「久しぶりに一緒に歩くね」
そう言うと、結菜は照れくさそうにうなずいた。
「なんか、変な感じ」
「うん、私も」
道端には春の花が咲いていた。
どこかで鳥のさえずりが聞こえる。
少しだけ足取りが軽くなったような気がした。
途中、スーパーに寄ることにした。
「何か食べたいものある?」
「……ママのご飯、食べたい」
その言葉を聞いて、私は嬉しくてたまらなくなった。
「じゃあ、今日は何作ろうか?」
「うーん……オムライス?」
「いいね!じゃあ、卵とケチャップたっぷりのやつ作ろう」
結菜は、少しだけ笑った。
レジに並ぶ結菜の横顔を見ながら、私は胸がいっぱいになった。
この時間が、ずっとずっと欲しかったんだ。
***
家に着くと、玄関のドアを開ける前に結菜が言った。
「ママ」
「ん?」
「ただいま」
私は、思わず笑ってしまった。
「おかえり」
玄関を開けると、結菜は部屋の中をゆっくりと見渡した。
「……なんか、変わってないね」
「うん。結菜が帰ってくるのを待ってたから」
結菜は、自分の部屋へ向かい、ベッドの上に置いてあったぬいぐるみを手に取った。
「これ、まだあるんだ」
「捨てられるわけないでしょ」
私は笑いながら、キッチンへ向かった。
「さて、オムライス作るよ!」
「手伝う!」
私は、結菜と並んでキッチンに立つ。
「じゃあ、卵を割るのお願いね」
「え、失敗したらどうしよう」
「大丈夫、多少殻が入っても食べられるよ」
結菜は、クスクスと笑いながら卵を割った。
私はその姿を見ながら思った。
「大丈夫。これからは、ちゃんと一緒にいられる」
私たちは、新しい未来へと向かって歩き出したのだ。