第5章:奇跡が始まる
25. 本当に大切なものに気づいた日
久しぶりに、部屋の片付けをすることにした。
結菜が戻ってくるまであと少し。
なんとなく、部屋の空気を整えたくなったのだ。
「よし、まずはクローゼットから」
私は、奥のほうに詰め込んでいた服を引っ張り出した。
何年も着ていない洋服、もう使わなくなったバッグ、何となく捨てられなかった古い書類――。
「こんなにいらないものを抱えてたんだなぁ」
片付けをしていると、不思議と心がスッキリしてくる。
まるで、頭の中に詰まっていたモヤモヤまで整理されていくみたいだ。
お気に入りだったはずのワンピースも、今の私はもう着ない。
結菜が小さい頃、一緒に出かけた日のバッグも、少し色褪せている。
「また使うかも」と思って取っておいたけど、もう十分役目を果たしてくれた気がする。
「本当に大切なものだけ残そう」
そう決めたら、手がどんどん進むようになった。
***
片付けの途中、私はふと、古い箱を見つけた。
「なんだっけ、これ?」
箱を開けると、中には懐かしい写真や、結菜が幼いころに描いた絵が入っていた。
「ああ……」
私は、写真の中の自分と結菜を見つめた。
そこには、小さな手をぎゅっと握って離さない結菜と、それを優しく包む私の手が写っていた。
「こんなに小さかったんだなぁ」
そのとき、ふと涙がこぼれそうになった。
あのころの私は、ただ「結菜がかわいい」と思っていただけだった。
何の疑いもなく、「ずっと一緒にいられる」と信じていた。
でも、いつの間にか私は、忙しさに追われ、大切なものを見失いかけていたんだ。
***
私は写真をそっと戻し、結菜が描いた絵を手に取った。
そこには、私と結菜が手をつないで歩いている姿が描かれていた。
結菜が5歳のころに描いたものだった。
「ママだいすき」
そう書かれた文字が、少し曲がっていて、幼い字のまま残っている。
私はその言葉を指でなぞりながら、心の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
あのとき、私は忙しくて、結菜にかまってあげられなかった日があった。
それでも、結菜はこんなふうに私への気持ちを表現してくれていたんだ。
「私もだよ、結菜」
***
片付けを終えた部屋は、驚くほどスッキリしていた。
余計なものを捨て、必要なものだけが残った部屋。
そして、私の心も同じだった。
本当に大切なものって、こんなにシンプルだったんだ。
私は、ずっと「生活を守ること」に必死だった。
仕事を頑張って、稼いで、結菜を育てることだけを考えていた。
でも、結菜にとって一番必要だったのは、私がそばにいることだったんだ。
ただ一緒にいて、笑って、手をつないで歩くだけでよかったのに。
私は、それを忘れていた。
***
私はふと、結菜との思い出を思い返した。
動物園でゾウを見てはしゃいだ日、公園で一緒にどんぐりを拾った日、雨の日にカッパを着て水たまりではしゃいだ日……。
あのころの私たちは、ただ一緒にいるだけで楽しかった。
「結菜とまた、こんな時間を過ごしたいな」
そう思うと、胸の奥が温かくなった。
結菜が戻ってきたら、前みたいに手をつないで歩こう。
どこか遠くへ行かなくても、ただ一緒にいる時間を大切にしよう。
それに、今度はもう「あとでね」と言わない。
結菜の話をちゃんと聞いて、一緒に笑って、一緒にご飯を作って、そういう時間を大切にしよう。
私は、窓を開けて深呼吸した。
空は、どこまでも澄んでいた。
「本当に大切なものに、やっと気づいた日だな」
私は、静かにそうつぶやいた。