第5章:奇跡が始まる
21. 娘の声が聞こえた
朝、目が覚めた瞬間、私は不思議な感覚に包まれていた。
「……今、結菜の声が聞こえた気がする」
夢だったのか、それとも幻聴だったのか、よくわからない。
でも、確かに結菜が私の名前を呼んでいた。
「ママ……」
たったそれだけの言葉だったけど、あの声は間違いなく結菜のものだった。
私は布団の中でしばらくぼんやりとしていた。心臓の奥がじんわりと温かい。
「なんだったんだろう、あれ……」
最近、私はシンクロニシティや直感に敏感になっている気がする。
タフティメソッドを実践するようになってから、偶然とは思えない出来事が増えた。
この「結菜の声」も、何かのサインなのかもしれない。
私はそっと目を閉じて、もう一度、あの声を思い出してみた。
「ママ……」
やっぱり、結菜が私を呼んでいた。
私はスマホを手に取り、児童相談所の担当者からのメッセージを確認した。
「結菜さんとの面会について、お話ししたいことがあります」
私は一瞬息をのんだ。
「……やっぱり」
私が結菜の声を聞いたのは、偶然なんかじゃなかった。
これは、間違いなく何かが動き始めている証拠だ。
***
児童相談所へ向かう電車の中で、私はずっと結菜のことを考えていた。
久しぶりに会ったあの日、結菜は少しだけよそよそしくて、でも最後には小さな笑顔を見せてくれた。
あのとき、私は「次に会うときは、もっと明るい気持ちで話そう」と決めた。
私はもう被害者ではない。
私は、自分の人生を選び取ることができる。
だから、今日の面談もきっと良い話が聞けるはずだ。
窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めながら、私は胸の奥で静かにそう確信していた。
***
児童相談所に到着すると、担当者が穏やかな表情で迎えてくれた。
「お母さん、今日はお越しいただきありがとうございます」
私は軽く頭を下げ、椅子に腰掛けた。
「さっそくですが、結菜さんのことについてお話ししたいことがありまして」
私はドキドキしながら、担当者の言葉を待った。
「結菜さん、最近お母さんのことをよく話すようになりました」
「えっ?」
思わず声が出た。
「最初はあまり自分の気持ちを話してくれなかったんですが、ここ最近は『ママに会いたい』とか、『ママは元気かな』とか、そういうことを言うようになったんです」
私は、その言葉を聞いた瞬間、胸がいっぱいになった。
「……本当ですか?」
「はい。それに、昨日の夜、『ママの夢を見た』って言っていました」
私はハッとした。
昨日の夜。
ちょうど私が「結菜の声を聞いた」と感じたのも、昨日の夜だった。
「やっぱり……」
私は思わずつぶやいた。
「え?」
担当者が不思議そうな顔をする。
「実は、私も昨日の夜、結菜の声を聞いた気がして……」
担当者は驚いたように目を見開いた。
「そうだったんですね……」
私は少し照れくさくなりながらも、続けた。
「今まで、こんなことはなかったんです。
でも、昨日は本当に、結菜が私を呼んでいる気がして……」
担当者は、少し考え込むようにしてから、静かにうなずいた。
「お母さんと結菜さんは、とても深い絆でつながっているんですね」
私はその言葉に、ただ静かに頷いた。
「それで、私たちとしても、結菜さんとお母さんの時間をもっと増やす方向で考えています」
私は心の奥で、小さく息をのんだ。
「具体的には、今後、面会の回数を増やしていくことを検討しています。
そして、結菜さんの気持ちが安定してきたら、お母さんと一緒に暮らす方向で話を進めることも視野に入れています」
私は、その言葉をじっくりと噛みしめた。
「結菜が戻ってくる……」
私は、ついにこの瞬間を迎えたのだ。
私は「もう大丈夫」と自分に言い聞かせながら、ゆっくりと息を吐いた。
「ありがとうございます」
心からの感謝を込めて、私は担当者にそう伝えた。
***
帰り道、私はスマホを取り出し、結菜との写真をもう一度見つめた。
「結菜、もうすぐだね」
私は心の中でそう語りかけた。
風がふわりと吹いて、夕暮れの空に小さな飛行機雲が伸びていく。
結菜の声が聞こえたのは、偶然なんかじゃない。
すべてがつながって、未来へと向かっている。
私はそのことを、改めて強く確信した。