第4章:意識のシフト
20. 新しいラインへ飛ぶ
児童相談所での面談を終えて外に出ると、風が心地よかった。肌に触れる風は、まるで「お疲れさま」とでも言ってくれているようだった。
空を見上げると、雲ひとつない青空が広がっていた。こんなに晴れていたんだ。面談の間、少しも気づかなかった。気持ちが落ち着いている証拠かもしれない。
「新しいラインへ飛ぶ」――最近、この言葉が頭の中をよぎることが多くなった。
タフティメソッドを知ってから、「現実は選べるもの」という考え方が少しずつ馴染んできた。 今までの私は、ただ目の前の出来事に流され、選択の余地がないと思い込んでいた。 でも、本当は違う。
私は、どの現実を生きるかを選べる。 今いる「ライン」から、違う「ライン」に飛ぶことができる。
そう思ったら、これまでの悩みが小さなものに感じるようになった。
「よし、新しいラインへ行こう」
私は、深く息を吸い込みながら、そう決めた。
***
帰り道、商店街を歩いていると、小さな花屋が目に入った。
普段なら素通りしてしまうような店だったけど、今日はなぜか立ち止まった。 「部屋に花を飾ったら、もっとエネルギーが変わるかもしれない」 そんな気がしたのだ。
店内に入ると、ふわっと優しい花の香りが広がった。 白や黄色のバラ、鮮やかなチューリップ、紫のラベンダー……色とりどりの花が並び、どれも美しく輝いているように見えた。
その中で、ふと目に留まったのが、ピンク色のガーベラだった。
「これだ」
なぜか直感でそう思った。
店員さんが微笑みながら言った。
「ガーベラの花言葉、ご存じですか?」
「いえ……なんですか?」
「希望と前進、ですよ」
私は、思わず息をのんだ。
今の私に、ぴったりの言葉じゃないか。
私は迷わず、そのガーベラを買うことにした。
「いい選択ですね」
店員さんがそう言って、優しく包んでくれた。
私は花を抱えながら、心の中で確信した。
「新しいラインに飛ぶって、こういうことなんだ」
***
家に帰ると、すぐに花瓶に水を入れて、ガーベラを飾った。
部屋に花があるだけで、空気が変わった気がする。 窓から差し込む光に照らされて、ピンク色の花びらが優しく揺れていた。
私はソファに座り、しばらくその花を眺めていた。
「昔の私だったら、花なんて飾らなかったな……」
そんなことを思った。
以前の私は、毎日が慌ただしくて、「花を飾る余裕なんてない」と思っていた。 でも、それは「余裕がない」のではなく、「自分で余裕を作ることを諦めていた」だけだったのかもしれない。
私はスマホを手に取り、カレンダーを開いた。
次の面会の日程が決まった。 そして、その先には「結菜が戻ってくる日」も、きっともうすぐそこにある。
今までは、「どうなるんだろう?」と不安に思っていた。 でも、今の私は違う。
「結菜が戻ってくる未来は、もう決まっている」
私はそれを、すでに選んでいる。
私は、もう「理不尽な世界にいる母親」ではない。 私は、「希望と前進の未来を生きる母親」になった。
スクリーンの向こうには、私と結菜が笑顔で暮らしている未来が映っている。 そして、私はそこへ飛ぶと決めた。
「新しいラインへ、行こう」
私は、花瓶のガーベラを見つめながら、静かにそうつぶやいた。
そのとき、ふとスマホが光った。
「次回の面会について調整の連絡をしたいのですが……」
児童相談所からのメッセージだった。
私は驚くこともなく、むしろ「やっぱり」と思った。
すべては決まっている。私が選んだから、こうなっているのだ。
エネルギーが整えば、現実は変わる。
私はスマホを握りしめ、返事を打った。
「ありがとうございます。日程の調整をお願いいたします」
送信ボタンを押すと、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「このまま進めばいい」
私はもう、迷わない。