2.失った日常と冷たい視線【~理不尽な世界の攻略法~望むシナリオを選択する~】

理不尽な世界の攻略法~望むシナリオを選択する~

第2話『失った日常と冷たい視線』

児童相談所で娘の美月が保護されてしまった翌朝、私は重たい身体を引きずるように職場に向かった。いつもと同じ通勤電車なのに、車窓から流れる景色がどこか違って見えた。
空は鉛色で、私の心のようにどんよりしていた。

職場に着くと、周囲の視線が私に突き刺さるように感じた。
同僚たちの態度が微妙に冷たく、明らかに噂が広まっていることがわかった。

「あの人の娘さん、児童相談所に引き取られたらしいよ」
「ひどい話だよね、中学生なのに一人で放置なんて」

小さな声で交わされる囁きが、私の心を鋭く刺した。
胸がぎゅっと締め付けられるような痛みを感じ、手が震え始めた。

それでも私は、必死に平静を装いながらデスクに座り、仕事を始めた。
パソコンの画面を見ても、頭の中には何も入ってこなかった。
美月の悲しそうな顔が何度も浮かんでは消え、涙がこぼれそうになるのを何度も堪えた。

昼休み、職場の休憩室ではみんなが私を避けるように席を空けた。
昨日まで一緒にランチを取っていた同僚の姿もなく、彼女たちは私と目が合うと、気まずそうに視線を逸らした。

「美香ちゃん…」

仲が良かった同僚に小さく声をかけてみたけれど、彼女は困ったような笑顔を浮かべて、「ごめんね、ちょっと用事が…」とそそくさと去ってしまった。
その背中を見送ったとき、私は孤独の重さに胸を押しつぶされそうになった。

ふと、数日前のことが頭をよぎった。
美月と二人で夕食を食べながら、学校の話を聞いていたときのことだ。

「お母さん、最近疲れてない?」

美月が心配そうに尋ねた。その表情が思い浮かぶと、胸が痛んだ。

「あはは、平気だよ。仕事が忙しいだけだから」

私はそう言って笑ったけれど、美月はどこか納得していないようだった。
無理をしている私を、娘は気づいていたのだろうか。
あのときもっと話を聞いていればと、後悔が波のように押し寄せてきた。

午後になり、集中できずに仕事のミスが相次いだ。

「彩香さん、ちょっといい?」

上司が険しい表情で私を呼んだ。別室に呼ばれ、厳しい口調で叱責を受けた。

「家庭の事情は分かるけど、それを職場に持ち込まれると困るんだよね」

その声には同情のかけらもなく、まるで私が迷惑そのものであるかのようだった。
胸が苦しくなり、呼吸すらままならなかった。

帰宅すると美月はいない。
静まり返った部屋の中で私は、かつて美月が書いた絵や、散らばった教科書やノートをじっと見つめていた。
彼女の存在が消えた家は、まるで息を止めているようだった。

そのとき、スマホが鳴った。美月からだった。

「お母さん…大丈夫?」

美月の声を聞いた瞬間、私は涙が止まらなくなった。

「美月、本当にごめんね…」

私が泣いているのを察して、美月は明るく振る舞った。

「お母さん、泣かないで。私、元気だから。早く帰れるように頑張るからね」

美月の優しい言葉がさらに涙を誘った。
娘に心配をかけている自分がひどく情けなかった。

翌日、児童相談所を訪れたが、担当者は淡々と事務的に言った。

「娘さんとの面会は当面制限されます。まずはお母さんが安定した生活を取り戻してください」

安定した生活とは何だろう。
美月がいない世界で安定を見つけるなんて、私にはとても想像できなかった。

帰り道、近所の主婦、高橋さんとすれ違った。
いつもは笑顔で挨拶を交わしていたのに、彼女は明らかに顔をそらした。
その瞬間、自分が社会から孤立していることを強烈に感じた。

夜の街を歩きながら、自分がこれからどうしたらいいのか途方に暮れていた。
街灯の下で影が揺れるたびに、孤独感が募った。
それでも娘と再び一緒に暮らせる日を信じて歩き続けた。

そんなとき、ふと立ち寄ったコンビニで懐かしい顔を見かけた。
以前、占いのイベントで出会った不思議な老婦人だった。
彼女は私を見ると、穏やかな笑みを浮かべて近づいてきた。

「久しぶりね。あなたに話さなくてはいけないことがあるのよ」

その言葉が、私の止まっていた心を再び動かし始めた。