第4章:意識のシフト
17. こうなると決めれば、そうなる
「こうなると決めれば、そうなる」
最近、私はこの言葉を何度も繰り返している。
タフティメソッドを知ってから、「スクリーンの意識」を持つことを意識するようになった。
今までは、ただ目の前の出来事に反応して、流されるばかりだった。
でも、もし「私はこうなる」と決めたら、本当にそうなるのだとしたら?
「私の人生は私が創っている」
そう思ったら、不安が少しずつ消えていった。
***
その日、私は児童相談所へ向かっていた。
いよいよ、結菜との面会の日だ。
久しぶりに娘の顔を見ることができる。
電車に揺られながら、私は目を閉じた。
「私は、結菜と笑顔で再会する」
「私は、結菜を安心させる」
「私は、これから結菜と楽しく暮らす」
そう決める。
そして、それがすでに決まっている未来だと思う。
今までは、「どうなるんだろう?」と不安に思っていた。
でも、不安に思うということは、「悪い未来が起こるかもしれない」と決めているのと同じだ。
なら、私は良い未来を決める。
「こうなると決めれば、そうなる」
そう信じることにした。
***
児童相談所に着くと、担当の職員さんが迎えてくれた。
「お母さん、お待たせしました。結菜さん、今お部屋にいますよ」
私は深呼吸をして、ゆっくりとうなずいた。
ドアを開けると、そこに結菜がいた。
小さな会議室のような部屋の真ん中に、結菜はぽつんと座っていた。
学校の制服姿のまま、両手を膝の上に揃えて座っていた。
私と目が合った瞬間、結菜は一瞬、驚いたような表情をした。
それから、少しぎこちなくまばたきをして、目をそらした。
私は一歩、部屋の中に入った。
「結菜、久しぶり」
結菜は、返事をするまでに数秒かかった。
「……うん」
その声は小さかったけれど、ちゃんと届いた。
私はもう一歩近づいて、そっと椅子を引いた。
「元気だった?」
「……普通」
「そう」
私はゆっくりと座り、結菜の顔をじっと見た。
少しやせた気がする。
髪はきれいにまとめられているけど、どこか元気がないようにも見えた。
でも、それでも、こうしてここに座っているだけで十分だった。
しばらく沈黙が続いた。
私は「何を話そう?」と頭の中で考えながら、ふと結菜の手元に目をやった。
結菜の指先が、ほんの少し震えているのがわかった。
「……結菜」
私は、おそるおそる言葉を続けた。
「寂しかった?」
結菜は、その言葉に少し肩をすくめた。
そして、小さく、ほんとうに小さく頷いた。
「うん」
私は、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がキュッと締めつけられた。
結菜はずっと、私が迎えに来るのを待っていたんだ。
私が「大丈夫、すぐ戻れるよ」と言ったのを信じて。
「ごめんね」
私は、自然とそう言っていた。
「寂しい思いさせちゃったね」
結菜は、その言葉には答えなかった。
でも、さっきまでずっと伏せていた目を、ようやく私に向けた。
「……ママ、変わったね」
「え?」
「なんか……前より、明るい」
私は、一瞬、何のことかわからなかった。
でも、そう言われて、ふと思い出した。
今の私は、「私は被害者じゃない」と決めた。
そして、「これからは母としてだけじゃなく、一人の女性としても生きる」と決めた。
そうやって、自分を取り戻していくうちに、きっと私の雰囲気も変わったんだ。
「そっか……」
私は微笑んだ。
「ママ、少しだけ、自分のこと大事にすることにしたの」
結菜は、少し考えるようにして、うなずいた。
「それ、いいと思う」
それは、私にとって何よりも嬉しい言葉だった。
***
結菜との面会は、思ったより短く感じた。
もっとたくさん話したかったし、もっと一緒にいたかった。
でも、今日はここまで。
私は、結菜の前に立って言った。
「またすぐ会えるからね」
「うん」
「絶対迎えに行くから」
結菜は、ほんの少しだけ、口角を上げた。
「……うん」
私は、その表情をしっかりと目に焼き付けた。
こうなると決めたから、私は絶対に結菜を迎えに行く。
これはもう決まった未来だ。
私は、結菜の小さな微笑みを胸に刻みながら、ゆっくりと部屋を後にした。