第3章:シンクロニシティの波
15. 母として、女として
最近の私は、少しだけ「自分のこと」を考えるようになった。
結菜が児童相談所に行ってからというもの、私はずっと「母親として」どうあるべきかを考え続けてきた。
結菜に寂しい思いをさせたこと、私の働き方や生活環境のこと、児童相談所とのやりとり……。
毎日が「母親としての私」のことで埋め尽くされていた。
でも、ふと気づいたのだ。
「私は、母親である前に、ひとりの女なんじゃないか?」
そんなことを考えたのは、本当に久しぶりだった。
***
その日、私はいつものカフェにいた。
コーヒーを飲みながら、スマホを眺めていたら、画面の端にふと「おすすめ記事」というのが出てきた。
そこに書かれていたタイトルが目に飛び込んできた。
「母である前に、あなたはひとりの女性です」
私は、思わず指を止めた。
「……まさに今の私のことじゃん」
そう思って、記事を開いた。
そこには、こんなことが書かれていた。
「子どもを大切にすることは素晴らしいことです。でも、あなたが自分の人生をおろそかにしていたら、子どもも同じように『自分の人生より他人を優先する』ことを学んでしまうかもしれません」
私はギクッとした。
私はずっと、「母としてちゃんとしなきゃ」と思っていた。
でも、そればかりに気を取られて、自分自身のことなんて後回しにしていた。
おしゃれも、恋愛も、自分の夢も――全部「母親だから」と言い訳をつけて、封印していたのかもしれない。
私は、スマホを置いて、窓の外を眺めた。
私は今、何がしたいんだろう?
***
そういえば、最近まったく気にしていなかったけれど、私は恋愛を最後にしたのはいつだっけ?
元夫と別れてからは、仕事と子育てに追われて、そんなこと考える余裕もなかった。
「私は母だから」とか、「もういい年だし」とか、いろんな理由をつけて、そういう話題は遠ざけていた。
でも、最近の私は「スクリーンの意識」を持つようになった。
それなら、「私は母でありながら、女性としても充実している」という未来のスクリーンを選ぶこともできるんじゃないか?
私は、ふと思い立って、美容室の予約を入れた。
***
翌日、美容室に行くと、美容師さんが「ずいぶん久しぶりですね」と笑った。
「ええ、最近ずっとバタバタしていて……」
「そうですよね。でも、たまには自分を大事にしないと」
私は鏡越しに自分の顔を見つめた。
「確かに、ちょっと疲れてるな……」
美容師さんが、手際よく髪を整えていく。
カットされる髪を見ながら、私は思った。
「私は、もっと自由でいいんじゃないか?」
母であることと、女であることは、両立できないわけじゃない。
ただ、私が「どちらかしか選べない」と思い込んでいただけなのかもしれない。
***
美容室の帰り道、私はふと鏡を見た。
少しだけ軽くなった髪。
久しぶりに整えられた眉。
ちょっとだけ、心がウキウキしている自分がいる。
私は、母としての私も、女性としての私も、大切にしたい。
そのどちらかだけを選ばなくてもいい。
結菜に会ったら、「私はこんなふうに変わったよ」と話せるようになりたい。
そして、結菜にも「自分の人生を大切にすること」を伝えられる母になりたい。
「これからは、もっと自由に生きよう」
私はそう決めて、足を軽くして歩き出した。