第3章:シンクロニシティの波
14. 時間の流れが変わる瞬間
最近、時間の流れが変わった気がする。
……というと、ちょっと大げさに聞こえるかもしれないけれど、ほんとうにそうなのだ。
前は毎日が「同じことの繰り返し」だった。
朝起きて、仕事に行って、ご飯を食べて、スマホを眺めて寝る。
そんな日常が、ただ流れていく。
でも今は、なんだか違う。
時間がゆっくりになったり、逆に一瞬で過ぎたりするような感覚がある。
たとえば――。
***
その日、私は夕方の商店街を歩いていた。
結菜に会う日が近づいてきて、何を話そうか考えていたら、急に甘いものが食べたくなった。
「よし、久しぶりにたい焼きを買おう」と思い立ち、昔からお気に入りのたい焼き屋へ向かった。
夕暮れ時の商店街は、少し懐かしい感じがする。
学生のころ、友達と一緒に通った記憶がよみがえる。
「おばちゃん、たい焼き一つください」
お店の人にそう言うと、焼きたてのたい焼きを袋に入れてくれた。
「今日はいいことありそうね」
おばちゃんが、にっこり笑いながら言った。
「えっ?」
「焼いてるとき、ちょうど1111の時間だったのよ」
私は思わず手を止めた。
また、1111――。
最近、やたらとゾロ目を目にすることが多くて、「これは何かのサインかもしれない」と思っていたところだった。
おばちゃんは何も知らずに言っただけかもしれない。
でも、「今日はいいことありそうね」と言われた瞬間、なぜか私は「本当にそうなるかも」と思った。
「ありがとうございます」
私はたい焼きを受け取って、袋の中をのぞき込む。
ほかほかのたい焼きが、ほんのり甘い香りを放っていた。
「……よし、ベンチで食べよう」
***
商店街の端にある小さな公園。
私はベンチに座って、たい焼きをかじった。
パリッとした皮と、甘いあんこ。
じんわりと広がる温かさ。
その瞬間、時間が止まったような気がした。
――いや、本当に止まったわけじゃない。
でも、なんていうか、「この一口を味わう」ことだけに、世界が集中したような感覚になったのだ。
風の音も、周りの人の声も、全部遠くなって、私はただ、たい焼きの美味しさだけを感じていた。
「……これが、スクリーンの意識?」
ふと、そんなことを思った。
タフティメソッドでは、「スクリーンの意識を持つことが大事」と言われている。
でも、それって、こういうことなのかもしれない。
「今、この瞬間だけを生きる」
結菜に会う不安も、過去の後悔も、未来の心配も、今はどうでもいい。
私はただ、このたい焼きを食べている。
それだけのことが、こんなに特別に感じるなんて。
私は、ゆっくりとたい焼きを食べ終えた。
そのあと、スマホを開いて時間を見た。
「……えっ?」
時計は、私がたい焼きを食べ始めたときと、ほとんど変わっていなかった。
ほんの数分しか経っていない。
でも、私の中では、ずっと長い時間が流れていた気がする。
「時間って、こんなに伸び縮みするんだ……」
私は不思議な気持ちになった。
時間は、絶対的なものじゃない。
私の意識次第で、ゆっくりにもなるし、あっという間にもなる。
結菜と離れてからの数週間は、異常に長く感じた。
でも、それは「不安のスクリーン」を観ていたからなのかもしれない。
もしも、私が「今、この瞬間を生きる」ことに意識を向ければ――
時間は、もっと自由に感じられるのかもしれない。
***
その帰り道、私はふと立ち止まった。
「……あれ?」
さっきたい焼きを買ったお店が、見当たらない。
私は歩いてきた道を振り返る。
確かにここにあったはずなのに、見つからない。
「えっ、どういうこと?」
通りかかったおじさんに聞いてみた。
「あの、たい焼き屋さんって、このへんにありませんでしたっけ?」
すると、おじさんはちょっと不思議そうな顔をして言った。
「たい焼き屋? いや、このあたりにそんな店、昔からないよ」
「……えっ?」
私は、頭が真っ白になった。
あのたい焼きは、いったい何だったんだろう?
あのおばちゃんが言った「今日はいいことありそうね」の言葉。
たい焼きを食べているときに感じた、あの「時間が止まる感覚」。
全部、夢だったのか? いや、たい焼きの味はちゃんと覚えている。
でも、店がない。
私はしばらく、そこに立ち尽くしていた。
……時間の流れが変わる瞬間というのは、こういうことなのかもしれない。
***
家に帰ったあとも、私はしばらく考え込んでいた。
たい焼き屋は、たぶん、私の「選んだスクリーン」に一瞬だけ現れたのだ。
それが何を意味しているのかは、まだわからない。
でも、私は確信した。
「時間も、現実も、私はもっと自由にできる」
そう思うと、結菜に会う日が、ますます楽しみになった。