14. 時間の流れが変わる瞬間【理不尽な世界の攻略法 ~51歳シングルマザーの覚醒ストーリー~】

理不尽な世界の攻略法 ~51歳シングルマザーの覚醒ストーリー~

第3章:シンクロニシティの波

14. 時間の流れが変わる瞬間

 最近、時間の流れが変わった気がする。

 ……というと、ちょっと大げさに聞こえるかもしれないけれど、ほんとうにそうなのだ。

 前は毎日が「同じことの繰り返し」だった。
 朝起きて、仕事に行って、ご飯を食べて、スマホを眺めて寝る。
 そんな日常が、ただ流れていく。

 でも今は、なんだか違う。
 時間がゆっくりになったり、逆に一瞬で過ぎたりするような感覚がある。

 たとえば――。

 ***

 その日、私は夕方の商店街を歩いていた。

 結菜に会う日が近づいてきて、何を話そうか考えていたら、急に甘いものが食べたくなった。
 「よし、久しぶりにたい焼きを買おう」と思い立ち、昔からお気に入りのたい焼き屋へ向かった。

 夕暮れ時の商店街は、少し懐かしい感じがする。
 学生のころ、友達と一緒に通った記憶がよみがえる。

 「おばちゃん、たい焼き一つください」

 お店の人にそう言うと、焼きたてのたい焼きを袋に入れてくれた。

 「今日はいいことありそうね」

 おばちゃんが、にっこり笑いながら言った。

 「えっ?」

 「焼いてるとき、ちょうど1111の時間だったのよ」

 私は思わず手を止めた。

 また、1111――。

 最近、やたらとゾロ目を目にすることが多くて、「これは何かのサインかもしれない」と思っていたところだった。

 おばちゃんは何も知らずに言っただけかもしれない。
 でも、「今日はいいことありそうね」と言われた瞬間、なぜか私は「本当にそうなるかも」と思った。

 「ありがとうございます」

 私はたい焼きを受け取って、袋の中をのぞき込む。
 ほかほかのたい焼きが、ほんのり甘い香りを放っていた。

 「……よし、ベンチで食べよう」

 ***

 商店街の端にある小さな公園。
 私はベンチに座って、たい焼きをかじった。

 パリッとした皮と、甘いあんこ。
 じんわりと広がる温かさ。

 その瞬間、時間が止まったような気がした。

 ――いや、本当に止まったわけじゃない。
 でも、なんていうか、「この一口を味わう」ことだけに、世界が集中したような感覚になったのだ。

 風の音も、周りの人の声も、全部遠くなって、私はただ、たい焼きの美味しさだけを感じていた。

 「……これが、スクリーンの意識?」

 ふと、そんなことを思った。

 タフティメソッドでは、「スクリーンの意識を持つことが大事」と言われている。
 でも、それって、こういうことなのかもしれない。

 「今、この瞬間だけを生きる」

 結菜に会う不安も、過去の後悔も、未来の心配も、今はどうでもいい。
 私はただ、このたい焼きを食べている。

 それだけのことが、こんなに特別に感じるなんて。

 私は、ゆっくりとたい焼きを食べ終えた。

 そのあと、スマホを開いて時間を見た。

 「……えっ?」

 時計は、私がたい焼きを食べ始めたときと、ほとんど変わっていなかった。

 ほんの数分しか経っていない。
 でも、私の中では、ずっと長い時間が流れていた気がする。

 「時間って、こんなに伸び縮みするんだ……」

 私は不思議な気持ちになった。

 時間は、絶対的なものじゃない。
 私の意識次第で、ゆっくりにもなるし、あっという間にもなる。

 結菜と離れてからの数週間は、異常に長く感じた。
 でも、それは「不安のスクリーン」を観ていたからなのかもしれない。

 もしも、私が「今、この瞬間を生きる」ことに意識を向ければ――
 時間は、もっと自由に感じられるのかもしれない。

 ***

 その帰り道、私はふと立ち止まった。

 「……あれ?」

 さっきたい焼きを買ったお店が、見当たらない。

 私は歩いてきた道を振り返る。
 確かにここにあったはずなのに、見つからない。

 「えっ、どういうこと?」

 通りかかったおじさんに聞いてみた。

 「あの、たい焼き屋さんって、このへんにありませんでしたっけ?」

 すると、おじさんはちょっと不思議そうな顔をして言った。

 「たい焼き屋? いや、このあたりにそんな店、昔からないよ」

 「……えっ?」

 私は、頭が真っ白になった。

 あのたい焼きは、いったい何だったんだろう?

 あのおばちゃんが言った「今日はいいことありそうね」の言葉。
 たい焼きを食べているときに感じた、あの「時間が止まる感覚」。

 全部、夢だったのか? いや、たい焼きの味はちゃんと覚えている。

 でも、店がない。

 私はしばらく、そこに立ち尽くしていた。

 ……時間の流れが変わる瞬間というのは、こういうことなのかもしれない。

 ***

 家に帰ったあとも、私はしばらく考え込んでいた。

 たい焼き屋は、たぶん、私の「選んだスクリーン」に一瞬だけ現れたのだ。
 それが何を意味しているのかは、まだわからない。

 でも、私は確信した。

 「時間も、現実も、私はもっと自由にできる」

 そう思うと、結菜に会う日が、ますます楽しみになった。