12. 忘れられた記憶の扉が開く【理不尽な世界の攻略法 ~51歳シングルマザーの覚醒ストーリー~】

理不尽な世界の攻略法 ~51歳シングルマザーの覚醒ストーリー~

第3章:シンクロニシティの波

12. 忘れられた記憶の扉が開く

 結菜に会える日が決まった。

 児童相談所の担当者と話し合い、来週の面会が決まったのだ。
 久しぶりに結菜の顔が見られると思うと、嬉しくて仕方がない。
 この数週間、私は「現実を観る者になる」と決めて生きてきたけれど、やっぱり子どもに会えないというのは、どんな理論を知っていても寂しいものだった。

 「あと少し」

 私はカレンダーに丸をつけて、深呼吸した。
 結菜と会うとき、私はどんな顔をすればいいのだろう。
 「ごめんね」って言うべきか、「よく頑張ったね」と言うべきか。
 それとも、何も言わずに、ただ笑顔でいればいいのか。

 そんなことを考えていたら、急に疲れが出てきた。
 私はソファに座り込み、ぼんやりと天井を見上げた。

 ***

 気づくと、私は夢の中にいた。

 どこか懐かしい場所だった。
 それは、古びたアパートの一室。

 窓の外には、灰色の空。
 部屋の隅には、ボロボロになったぬいぐるみが置かれている。

 「……ここ、どこだっけ?」

 私は部屋を見回した。

 それから、ふと、鏡の前に小さな女の子が立っていることに気づいた。

 黒髪のおかっぱで、ピンクのワンピースを着た女の子。
 年齢は……6歳くらい?

 「……誰?」

 私が近づこうとした瞬間、女の子はクルッと振り向いた。

 ――私だった。

 6歳のころの、私。

 私は思わず息をのんだ。

 夢の中なのに、心臓がバクバクする。
 懐かしいけれど、すごく遠い記憶。
 そして、なぜか嫌な感じがする。

 「……ママは?」

 小さな私が、私に向かって尋ねた。

 「え?」

 「ママ、また帰ってこないの?」

 私はハッとした。

 そうだ。

 この部屋は、私が子どもの頃に住んでいたアパートだ。
 母が仕事で忙しくて、いつもひとりで待っていた部屋。
 お腹がすいても、泣きそうになっても、誰もいなかった。

 私が、私自身に聞いている。

 「ママは、いつ帰ってくるの?」

 私は何も言えなかった。

 ***

 「――はっ!」

 私は飛び起きた。

 胸がドキドキしている。
 夢だった。

 でも、妙にリアルだった。
 まるで、昔の記憶が突然よみがえってきたみたいに。

 私は膝を抱えながら、頭を整理しようとした。

 ……そうだ。
 私は、小さいころ、母を待っていた。

 寂しかった。
 でも、「いい子にしていれば帰ってくる」と信じていた。
 母は、私を見捨てたわけじゃなかったけれど、私はずっと、心のどこかで「どうしてもっと一緒にいてくれなかったの?」と思っていた。

 それを、私はすっかり忘れていたのだ。

 でも今、結菜に同じ思いをさせているんじゃないか?

 私は、結菜に「お母さんはあなたを愛してるよ」と言っていた。
 「ママはお仕事頑張るからね」と伝えていた。

 でも、もしかしたら結菜は、昔の私と同じように思っていたのかもしれない。

 「ママは、また帰ってこないの?」って。

 私はゆっくりと立ち上がった。

 部屋の隅に、昔使っていたアルバムがあるのを思い出した。
 引き出しの奥から取り出して、パラパラとめくる。

 そこには、小さな私と、若いころの母の写真があった。
 楽しそうに笑っている写真もあれば、ひとりで遊んでいる写真もある。

 「……私は、結菜に何をしてあげられるんだろう?」

 私は、結菜に「愛してるよ」と言うだけでなく、もっと伝えなきゃいけないことがあるのかもしれない。

 「もう寂しくさせないよ」

 そう言えるように。

 私はそっとアルバムを閉じた。

 忘れていた記憶の扉が開いた。
 それは、私が結菜を迎えに行くために必要な記憶だったのかもしれない。