10. 現実を観る者になる【理不尽な世界の攻略法 ~51歳シングルマザーの覚醒ストーリー~】

理不尽な世界の攻略法 ~51歳シングルマザーの覚醒ストーリー~

第2章:不思議なメッセージ

10. 現実を観る者になる

 最近、私は自分のことを「映画の観客」だと思うようにしている。

 最初は、タフティメソッドの「スクリーンの意識を持つ」なんて話を聞いても、正直ピンとこなかった。
 「そんなことで現実が変わるわけない」と思っていたし、結菜を取り戻せるならとっくに戻ってきてるはずだ、と思っていた。

 でも、やってみると、少しずつ感覚が変わってきた。

 私は今まで、現実の中で必死にもがく登場人物だった
 「結菜を取り戻したい!」と焦り、
 「どうしてこんなことになったの?」と嘆き、
 「世の中は理不尽だ!」と怒る。

 でも、それは映画の中のキャラクターが、
 「なんでこんなに不幸な脚本なんだよ!」って叫んでるのと同じなのだ。

 キャラクターがどれだけ苦しんでも、観客がスクリーンの外から眺めているだけなら、
 映画のストーリー自体は変わらない。

 でも、もし観客がストーリーを変えられるとしたら?

 私は、スマホのメモにこう書いた。

 「私は、現実の観客になる」

 この意識を持つだけで、本当に世界の見え方が変わってくるのだろうか。
 半信半疑ながらも、私は日常の中で試してみることにした。

 ***

 その日、私は仕事の帰りにスーパーに寄った。
 カゴに野菜と豆腐を入れながら、「今日は何を作ろうか」と考えていた。
 結菜がいたら、一緒に鍋でも作るのになぁ……と、少しセンチメンタルになる。

 いつもなら、ここでため息をついて終わりだった。
 でも、今日は違う。

 「観客の意識を持つ」練習をしてみようと思った。

 まず、スーパーの自動ドアを出る前に、一瞬立ち止まる。

 そして、自分の心の中でこうつぶやいた。

 「私は今、この世界の映画を観ている」

 目の前の景色が、急に遠くなった気がした。

 レジに並ぶ人たち、お会計を終えて足早に帰る人、
 駐車場で子どもを抱えているお母さん。

 いつもなら「当たり前」と思っていた風景が、
 まるで映画のワンシーンみたいに見えてきた。

 私は、ただ観ている。
 登場人物じゃなくて、観客として、スクリーンの外からこの現実を観ている。

 そう思った瞬間、気持ちがスーッと軽くなった。

 「おもしろい……」

 私は思わず笑ってしまった。

 結菜がいない現実は悲しいけれど、
 それを「悲しい映画」として観ている自分がいると思うと、
 なんだか冷静になれる。

 そして、こう思った。

 「この映画のストーリー、そろそろ変えようかな」

 ***

 家に帰ると、スマホに通知が来ていた。
 児童相談所からだった。

 「明日、お話をしたいのですが、ご都合はいかがでしょうか?」

 私は画面をじっと見つめた。

 この前までは、「しばらく様子を見ましょう」としか言われなかったのに、
 急に「話をしたい」と言われたのは、もしかして何か動きがあるのかもしれない。

 普通なら、ここで「何を話すつもりなんだろう?」と不安になるところだ。
 でも、今日は違った。

 私は、スマホを握りしめながら、心の中でこうつぶやいた。

 「これは、私が選んだストーリーの続きだ」

 だって、私は決めたのだ。

 「結菜と一緒に暮らす未来」を選ぶと。

 だから、これはそのストーリーの途中であり、
 最終的に私たちが再会することは、もう決まっているのだ。

 私はふぅっと息を吐き、返信を打った。

 「明日、伺います」

 明日、どんな話をされるのかはわからない。
 でも、私はもう以前のように「不安の中でもがくキャラクター」ではない。

 私は、この世界を観る者なのだから。

 ***

 その夜、布団の中で目を閉じながら、私は思った。

 「もしも、もっと早くこのことを知っていたら、
 これまでの人生はどれくらい変わっていただろう?」

 仕事で怒られて落ち込んでいたとき。
 結菜とケンカして、泣きたくなったとき。
 離婚して、人生のどん底だと思ったとき。

 全部、登場人物としての私は必死だったけれど、
 観客としての私は、もっと冷静にストーリーを変えられたのかもしれない。

 「ま、今からでも遅くないか」

 そう思うと、不思議と安心した。

 私は、観る者になる。

 そして、観る映画を、自分で選ぶ。

 「この映画、最後はハッピーエンドだから、大丈夫」

 そう信じて、私は目を閉じた。