第10話『私の選択したシナリオ~娘と迎える新たな現実~』
その日は、春の光がまぶしくて、空の青さが少しだけ涙が出そうなくらい綺麗だった。
児童相談所へ向かう道すがら、私は何度も深呼吸をした。胸の奥がふわふわと落ち着かない。
でも、その不安よりも、「やっと会えるんだ」という期待のほうが、ほんの少しだけ勝っていた。
これまで何度も書き直した面談の準備メモ。
どんな言葉を選んだらいいか、何を伝えるべきか、昨夜は遅くまで考え込んでいた。
受付で名前を告げると、担当の職員さんが出迎えてくれた。
今日はこれまでの担当者とは違って、少し若い女性だった。
彼女は柔らかく微笑みながら「こちらへどうぞ」と案内してくれた。
ドアを開けると、小さな面談室に美月が座っていた。
制服姿に少しだけ緊張した表情。
でも目が合った瞬間、私は思わず笑ってしまった。
美月も照れたように、でも嬉しそうに笑った。
「お母さん、久しぶり。」
その一言で、心の中のつっかえがふっとほどけた。
「美月…元気だった?」
「うん。…お母さんは?」
「うん、私も元気。ちゃんとごはん食べてるよ。」
そんなたわいもない会話が、今は何よりも幸せだった。
時間にして、わずか30分。
けれど、その30分の中には、いろんな想いがぎゅっと詰まっていた。
帰り際、美月がそっと手を握ってきた。
その手のぬくもりに、私は今までの日々が報われたような気がした。
面談後、職員の方から「今後の家庭支援プランを立てていきましょう」と言われた。
すぐに一緒に暮らせるわけじゃない。
でも、その道がちゃんと見えてきたことが、何よりも嬉しかった。
その日の帰り道、私は駅前のカフェに立ち寄って、手帳を開いた。
表紙には、最初に書いた言葉がそのまま残っていた。
『私は、望むシナリオを選ぶ』
あのときの私は、ただ夢を見ることしかできなかった。
でも今は、少しずつだけど、その夢を「現実」に変えてきている。
カフェの窓から見えた通りには、ランドセルを背負った子どもたちと手をつなぐ親子が歩いていた。
ふと、未来の私と美月の姿が重なって見えた。
「よし、次は部屋に新しい机を用意しようかな」
そんな風に考えられる自分が、なんだかちょっと誇らしかった。
帰宅してタロットカードを引くと、「世界」のカードが出た。
完成と調和、そして新たなサイクルの始まりを告げるカード。
「うん、やっぱりこの流れは間違ってなかったんだな」
私は静かにカードを胸に当てた。
夜、美月から短いメッセージが届いた。
『今日はありがとう。次、会えるの楽しみにしてるね。』
その文字を見たとき、私は声に出して笑った。
たくさん泣いて、たくさん落ち込んで、いろんなことがあったけれど、今は笑っていられる。
それが全てだった。
ベランダに出て空を見上げると、月が静かに浮かんでいた。
月の光がやさしくて、「よく頑張ったね」と言ってくれているようだった。
「私が選んだこの道は、間違ってなかった。」
私はそう確信した。これから先も、きっといろんなことがある。
けれど、私はもう大丈夫。どんな現実がやってきても、私には選ぶ力がある。
そして私は、また新たなページを開く。
物語は、まだまだ続いていくのだ。